春といえば「桜」——現代の日本人にとって、それは当たり前の感覚です。
しかし、桜が「花の代名詞」になったのは平安時代以降のこと。
それ以前、日本人が最も愛した花は「梅」でした。
『万葉集』では、桜を詠んだ歌が43首なのに対し、梅は110首以上。
なぜ、かつての日本人はそれほど梅に惹かれたのでしょうか。
2026年2月11日、水戸・偕楽園で「水戸の梅まつり」が開幕しました。
今回は、梅が愛された理由を紐解きながら、水戸藩主・徳川斉昭が庭園に仕掛けた「陰と陽」の設計思想を読み解き、梅の香りを「聴く」大人の散策へご案内します。
なぜ梅だったのか——桜との決定的な違い
奈良時代、花見といえば「梅」でした。
では、なぜ桜ではなく梅だったのか。そこには3つの理由があります。
理由①:先進国・唐への憧れ
梅は中国原産の花です。
奈良時代、あらゆる面で先進国だった唐の文化に心酔していた貴族たちにとって、中国の詩文で多く詠まれた梅を愛でることは、教養の証でした。
庭に梅を植え、その下で歌を詠む——それは単なる花見ではなく、知的ステータスの表現だったのです。
理由②:桜は「神聖な木」だった
では、桜は人気がなかったのか? そうではありません。
「サクラ」の語源は「サ(田の神)」+「クラ(神の座)」という説があります。
つまり桜は、神様が山から降りてきた時に宿る依代(よりしろ)。祭る対象であり、愛でて楽しむ対象ではなかったのです。
実際、『万葉集』で桜を詠んだ歌の多くは、恋人への思いを託す内容。梅のように「宴を開いて楽しむ」歌は、ほとんど見当たりません。
理由③:香りの違い
そして、最も本質的な違いが「香り」です。
桜は視覚の花。満開の姿は美しいですが、香りはほとんどありません。
一方、梅はジャスミンに似た甘い芳香を放ちます。
大伴旅人が大宰府で催した観梅の宴では、客人たちが梅の枝を挿頭にして酒を酌み交わしました。
「梅をかざして楽しく飲まめ」——梅は香りを纏い、人と人とをつなぐ花だったのです。
平安時代に入り、894年に遣唐使が廃止されると、日本独自の文化が花開きます。
その流れの中で、日本古来の桜が「花」の代名詞へと上り詰めていきました。
しかし、桜が主役になった今も、梅には梅にしかない価値があります。
それを体感できる場所が、水戸・偕楽園です。
「陰」から「陽」へ——庭園に隠された演出
偕楽園を訪れると、多くの人がいきなりメインの梅林へ向かいます。
しかし、それでは設計者・徳川斉昭の意図を半分も味わえません。
斉昭は、この庭園に「陰と陽」の世界観を埋め込みました。
その真価を味わうには、正門である「表門」から入ることが必須です。
陰の世界:孟宗竹の静寂
表門をくぐると、視界を覆うのは鬱蒼とした杉と竹林。
京都から移植された孟宗竹が頭上を覆い、陽の光がほとんど届きません。
ここは「陰」の世界。
日常の喧騒から切り離され、静寂の中で心を整える空間です。
陽の世界:梅林の眩しさ
竹林を抜けた瞬間、視界が一気に開けます。
そこに広がるのは、約100品種・3,000本の梅が咲き誇る「陽」の世界。
暗い場所を通ったからこそ、光の眩しさが際立つ。
斉昭は、このコントラストを意図的に設計したのです。
偕楽園を訪れる際は、ぜひ「表門」から入り、竹林を抜けて梅林に至るルートを歩いてみてください。庭園の印象がまるで変わるはずです。
目ではなく、鼻で楽しむ——梅の香りを「聴く」
桜と梅の決定的な違いは「香り」です。
桜は視覚で楽しむ花。満開の花びらが風に舞う姿は美しいですが、香りはほとんどありません。
一方、梅は「香りを聴く」と表現されるほど、芳香が際立つ花です。
「江南所無」「烈公梅」「月影」——。
偕楽園には約100品種の梅があり、それぞれ香りが微妙に異なります。
おすすめは早朝。
まだ冷たい空気の中でこそ、梅の甘酸っぱい香りは際立ちます。人も少なく、静かに香りと向き合える時間です。
アクセス・基本情報

| 名称 | 偕楽園(かいらくえん) |
|---|---|
| 住所 | 茨城県水戸市常磐町1-3-3 |
| 梅まつり期間 | 2026年2月11日(水・祝)〜3月22日(日) |
| 開園時間 | 6:00〜19:00(梅まつり期間中) |
| 入園料 | 大人300円/小中学生150円(好文亭は別途) |
| アクセス | JR常磐線「偕楽園駅」下車すぐ(梅まつり期間の土日祝のみ臨時停車) 平日は「水戸駅」北口からバス約20分 |
| 公式サイト | 偕楽園公式サイト |
まとめ:桜の前に、梅を
かつて日本人が最も愛した花、梅。
その魅力は、視覚だけでなく嗅覚で味わうものでした。
先進国への憧れから生まれた文化が、やがて日本独自の花見文化へと変わっていった歴史。
その原点に触れられる場所が、水戸・偕楽園です。
竹林の静寂から、梅林の眩しさへ。
目を閉じて、香りに耳を澄ませる。
桜が咲くのをただ待つのではなく、自ら早春の香りを探しに行く——。
次の休日、少し早起きして特急に乗り、1,200年前の日本人が愛した「花」を聴きに出かけてみてはいかがでしょうか。
※記載の情報は2026年2月時点のものです。開花状況やイベント内容は天候により変更になる場合があります。
※偕楽園へのアクセス:JR常磐線「偕楽園駅」は梅まつり期間中の土日祝日のみ臨時停車します。平日は「水戸駅」からバスをご利用ください。
【参考・参照サイト】※最終アクセスはすべて22026年1月29日